高音が主流とも言える現代の音楽ですが、低音の重要性も忘れてはいけません。サビがいくら良い声で歌えても、第一印象に残るのはAメロになることが多いからです。
それでも私がボイストレーナーをやっていて思うのは、低音を鍛える人は少ないということです。低音はとりあえず出てしまうため、高音に比べて上達の判断がつきづらく、あまり練習が長続きしないことが大きな理由でしょう。
しかし低音を鍛えられれば歌が安定し、聴き手に安心して歌の世界を堪能してもらえます。また、高音にはない低音特有の安心感や色気も出すことも可能です。
そこで今回は「低音の発声って何?」といった基本から低音を鍛えるための具体的な練習法までを詳しく説明していきます。
低音の発声とは
まず、そもそも低音ってどうやって出しているのでしょうか?例えばエレキギターを思い浮かべてみてください。
ギターのチューニング(音程を正しく調整すること)の場合、弦の張りを締めたり緩めることで音程を調整します。そして弦を緩めることで音が下がるのですが、実は私たちの声帯も原理は似ています。
私たちが低音を出す時は無意識に、声帯を緩めながら音を下げています。つまり低音の発声とは、ギターの弦を緩めるように声帯を緩め、音を下げた発声ということです。
低音を効果的に使っている具体例
それではここで低音をよりイメージしやすいように、低音を効果的に使っている曲を聴いてみましょう。
BUMP OF CHICKEN/天体観測
BUMP OF CHICKENの「天体観測」です。サビももちろん素晴らしいですが、サビ以外のAメロやBメロに注目してみましょう。
「♪ベルトに結んだラジオ」の「ラジオ」の部分などに色気を感じられます。音を出し切らず抑圧されたような感じも低音ならではの表現です。そして、この部分が活きているからこそ「♪見えないものを見ようとして〜」とサビに入った時に爽快な広がりを表現できています。
低音の3つのメリット
次に低音のメリットについて説明します。
メリット1:声に色気が出る
後ほど詳しく説明しますが、低音は声の中に息が多く入るので色っぽく聴こえます。色気のある曲を歌う時には歌の世界観をしっかり表現できます。
メリット2:どっしりと安心感のある声になる
低音ボイスが特徴的なアーティストと言えば、福山雅治が思い浮かびます。低音には福山雅治の声のように、聴いていて安心感を与える効果もあります。
メリット3:サビまでのダイナミクスを演出できる
歌のサビはだいたい高音になるもの。ですのでサビまでのAメロやBメロでしっかり低音を出しておくことでサビの部分とのギャップが生まれ、歌の展開をよりダイナミックに演出できます。
低音の2つのデメリット
続いてデメリットについても説明します。
デメリット1:声量が出にくい
低音は声帯を緩めて出すため力が入りづらく、高音に比べ声量が出しづらいのです。しかし、これは後ほど説明する『胸声(きょうせい)』という声の出し方を身につけることで解消できます。
デメリット2:音域を伸ばすことができない
これは詳しくはデメリットというより、声の仕組みとして仕方がないことです。
高音であれば、音を響かせる場所を変えたり練習を重ねることで、音域を伸ばせます。しかし低音はそれができません。あなたの声の音域の中で最も低い音は変えられないのです。
なぜかというと、最初にお伝えしたように低音の発声とは、声帯を緩めることだからです。最大まで緩めた声帯はそれ以上緩めることはできません。なので、あなたの声の最も低い音は変えられないのです。
低音の発声で大切なのは声帯を最大限まで緩めること
上に書いたように、低音は人によって生まれつきの限界が決まっているため、低音域の幅は広げることができません。なので、曲によっては無理をせずキーを上げるなど、良い意味で低音は諦めが必要です。
しかし、逆に言えば、自分の限界まで低音を出せている人はほとんどいません。なので、低音を出す上で意識すべきなのは「低音を伸ばそう」ではなく「いかに自分の限界まで低音を出せるか」です。
そのために必要なのが、これまで何度かお伝えしている声帯を最大限まで緩めることです。そのための具体的な方法は、以下から紹介していきます。ぜひこれらを身につけて低音をマスターしてみてください。
低音の発声のための必要スキル
まず最初に、低音を綺麗に響かせるために身につけて欲しいスキルを紹介します。それは『腹式呼吸』です。
腹式呼吸
腹式呼吸ができれば身体に多くの空気が入るので、使える息の量が増えます。
低音の発声は通常の発声や高音の発声以上に息を多く使います。なので腹式呼吸ができるかどうかで、低音の発声に大きな差が出ます。もし、あなたがまだ腹式呼吸ができないのであれば、以下の記事を参考に習得しましょう。
低音の発声のポイント
次に、低音を発声する上でのポイントを押さえましょう。低音とは文字通り低い声を出すことですが、ただ低く出そうとすると力みやすいのです。
そうならないためのポイントは、まず喉のあたりを緩ませるイメージを持つこと。声帯を最大限緩められるよう、体をリラックスさせるのはもちろん、できるだけ喉に力が入らないようにしましょう。
そして注意点としては声の響きを喉に持っていかないことです。喉で声を響かせようとすると、喉が締まり喉声になってしまうため、喉を痛める可能性があります。
コツとしては中咽頭[ちゅういんとう]と呼ばれる喉ちんこの奥の方で声を響かせることです。これで声がより軽くなる感覚も得られます。
色気のある低音の出し方3STEP
それではここから声帯を最大限まで緩め、抜群の色気を出せる低音の発声法について解説します。
低音は『胸声(きょうせい)』という声の出し方をすることで、詰まりのない自然な声で低音を出せます。
STEP1:低音の鳴りを感じる
まずは胸に手を当てて、低めの声で「あー」っと発声してみてください。そうすると、胸が強く振動しませんか?これで、まずはグッと低音らしい声が出てきます。
一方で、発声した時に喉が詰まった感じがすると思うので、次にこの詰まりを取り除きます。
STEP2:声のベクトルをイメージする
低音で大切なのは声のベクトル、つまり声の出す方向です。低音の場合これが少し特殊なんです。
例えば、中音域の場合は自分の声をまっすぐに、高音域の場合は遠くに飛ばすように斜め上に声を出します。そして低音の場合は、斜め下からまっすぐに声を出します。
これは正確にはボイストレーナーによる聴き分けが必要ですが、このイメージを持って声を出せれば、喉の詰まりが抜けた感覚がするはずです。それができればひとまず成功です!
STEP3:声と息のバランスを変える
最初にお伝えした通り、低音は声帯を緩めて歌います。そして声帯を緩めた分、声をしっかり支えるために必要なものがあります。それは息です。
低音の発声は通常の発声よりも息を多めに出します。音が低くなるにつれ、だんだん息が多くなっていき、最後は息だけになるイメージです。
このイメージを持って再度「あー」と低い声で発声してみてください。
普段よりも余計な力が抜けてリラックスして発声できていませんか?音が低くなると、力が入りやすくなりますが、リラックスを忘れず息の量を増やすことで支えて下さい。
このやり方に慣れてくると、あなたの限界まで良い声で低音を出すことができます。
低音の練習曲
最後に低音の練習にぴったりの曲を男女別に紹介します。男性編はElvis Presleyの『Teddy Bear』です。
Elvis Presley/Teddy Bear
曲の0:32あたり、「♪love enough」と伸ばしたあとにグッと低音で「♪Just wanna be」と引き込むシーンにチャレンジしましょう。
続いて女性編です。
ADELE/Make you feel my love
女性編はADELEの『Make you feel my love』です。
曲の1:55あたり、「♪I’d go hungry I’d go black and blue」のあと「♪I’d go crawling down the avenue」の「crawling」の部分。こちらも低音にグッと引き込まれます。
まとめ
低音は声帯を緩めたり、息の量を意識して練習すれば良い響きがどんどん出てきます。高音域は聴き手を圧倒する時に有効ですが、低音域は聴き手を引き込むときに有効です。
特に、もしあなたが今後オーディションを受けたり、ライブで歌うことがあるなら、低音のトレーニングはぜひ取り組んでいただきたいと思います。なぜならAメロやBメロの低音部分が不安定だと、審査員にサビまで聴いてもらえなかったり、お客さんをあなたのステージに引き込めない可能性があるからです。
今回ご紹介した発声法を身につけて、聴き手の心をつかむ低音ボイスを手に入れてください。